憧れの『赤毛のアン』のいちご水
カナダの作家 L・M・モンゴメリの著作で世界中で愛される文学作品『赤毛のアン(原題 : Anne of Green Gables)』。最近では2017年から2019年にNetflixにて『アンというなの少女(原題 : Anne with an “E”)』の題名で新たな『赤毛のアン』のTVシリーズが放映されたのが記憶に新しいところ。
1952年に村岡花子さんの翻訳で初めて『赤毛のアン』(*”赤毛のアン”の邦題も村岡花子版から)が日本に齎されてから 何種類もの翻訳版が出版され、1979年には「世界名作劇場」の第5作としてアニメも制作。さらに2010年にはその30年も前のアニメを再編集した『赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道』が劇場公開されるなど、日本でも長く愛されています。
特に村岡花子さんの翻訳は原作の持つ抒情的な作品世界を巧みに表現していると高い評価を受けており、誰もが知る”いちご水”も彼女による訳です。名前を聞いただけでも美味しそうで、素敵な響きのこの”いちご水”という飲み物。『赤毛のアン』を読み親しんだ人は皆、きっとアンのように想像力を膨らませて、この魅力的な飲み物が一体どんな物なのか、いつか飲んでみたいと憧れたのではないでしょうか。実は作品の中ではそんな”いちご水”にまつわる非常に印象的なエピソードがあります。
というのも、アンが親友のダイアナを家に呼んでもてなす際にマリラから”いちご水”を飲んで良いと言われるのですが、間違って”葡萄酒”を飲ませてしまうのです。この事件が原因でアンはダイアナの母親バリー夫人の怒りを買い、アンがミニーメイを命を救うまでの間ダイアナと断絶状態となってしまいます。
僕自身は村岡花子さん翻訳版の小説も「世界名作劇場」のアニメ版も世代ではありませんが、幼少期から『赤毛のアン』を愛してやまない母から『赤毛のアン』教育を受けて育ちました(母の蔵書に村岡花子さん翻訳版『赤毛のアン』の全シリーズもありました)ので、”いちご水”の魅力に虜となった一人です。
ところで、ご存知の通り”葡萄酒”というのはワインのことですが、幼い頃そのことを知らなかった僕はよく海外の文学小説や映画の字幕に現れる”葡萄酒”という言葉の響きに、これまたなんとも言い知れない魅力的を感じたものです。想像が膨らみすぎて、ワインを飲めるようになった際に想像上の”葡萄酒”とのギャップを埋めるのに苦労したのは良い思い出です(今ではワインの味もわかるようになり、その魅力にも夢中になっていますが)。
因みに、Netflix TV シリーズの『アンという名の少女』では、アンがカスバート家の一員として受け入れられ、初めての家族を得る際に、その機会を”much solemnity(厳粛)”な”celemony”とすべく、アン、マリラ、マシューの3人でこの”いちご水”を飲む場面があります。その際、アンは初めて飲んだ”いちご水”の美味しさに”I could develop a fondness of this”と感動し笑顔を浮かべています。
『赤毛のアン』のいちご水とは何か?
さて、幼い頃はこの”いちご水”という機器馴染みのない名前の飲み物が一体どんな飲み物なのだろうと不思議に思っていましたが、その正体は中学生時分に原作『Anne of Green Gables』を読んだ際に判明しました。上でも書いたように”いちご水”というのは村岡花子さんの意訳で、原文には”Raspberry Cordial”と書かれています。
ラズベリーつまり、木苺の一種ですね。今でこそ日本でも手に入りやすくなりましたが、おそらく村岡さんが翻訳した当時は日本でラズベリーが馴染みのないものだったことから、想像しやすい身近な果物である”いちご”を使って表現したのでしょうね。それにしても、”いちご水”というのはなんと素敵な意訳でしょう。
Cordialというのはざっくりと説明すれば、イギリスをはじめとする多くの国で昔から飲まれている果物やハーブをお砂糖と酒石酸(tartaric acid)やクエン酸(citric acid)を使ってシロップ状に濃縮した飲み物です。よくヴィネガーを使った飲み物だと紹介されていたりしますが、必ずしもヴィネガーである必要はなく(もちろんアップルヴィネガーやワインヴィネガーを使うこともあります)、レモンなどの果汁(クエン酸を豊富に含む)を使っても作ることができます。海外のレシピなどを見てみると、最近ではむしろヴィネガーよりレモン果汁を使っているものを多く見かけるようにも思います。
果実のエキスが濃縮されたシロップは水で適度な濃度に薄められてから濾され、果肉と分けられ飲用になります。このように一般的には濾す前に水を加えますが、個人的にはその場で飲むのでない限りは、保管の観点(場所)からも保存の観点(期間)からもシロップのまま濾す方がおすすめです。それに、そうすれば炭酸水で割ることもでき、そのラズベリーソーダーがまた格別に美味しいのです。
ちなみに、濾すということは果肉と種が残るわけですが、本記事ではその捨てるのはもったいない”あまり”を使ったレシピも合わせて紹介します。
アンはなぜ”いちご水”と”葡萄酒”を間違えたのか?
さて、どうしてアンは”いちご水”と”葡萄酒”と間違えたのだろう、なんて不思議に思ったことがある方は多いのではないでしょうか??”いちご水”はおそらく赤い色だし、ワインは紫でしょ?全然色が違うのにそれを間違えるなんてアンはよっぽどのおっちょこちょいだったの?…と。
ところで、このラズベリーコーディアルの原液は非常に深い赤紫色に仕上がります。それこそボルドーのフルボディの赤ワインとも見紛うくらいに…。でも、それがアンの間違いの原因ではありません。コーディアルは上で説明した通り水などで薄めるので、完成したラズベリーコーディアルの色はやや薄く明るくなり、明るい赤になりますからね。
気を持たせるなって? では、いよいよ なぜアンが間違えてしまったのかを明らかにしておきましょう。実はここでもう一つからくり(?)があるのです。
実はダイアナが飲んだ”葡萄酒”も厳密には葡萄のワインではなく、原文ではCurrant wine(スグリ酒)と書かれています。このスグリ酒はマリラが作った自家製のワインで、どうやら味が良いことで評判だったのだと言います。(Currantというと聞き馴染みないかもしれませんが、黒スグリ(Black currant)はフランス語でいうと”カシス”。日本でもよく聞く名前ですね。)
このCurrant wineというのは通常の赤ワインよりも明るめの色に仕上がるらしく、より一層ラズベリーコーディアルとはそっくりの色。実際、作中でもダイアナが飲んだのものについて”bright-red hue(明るい赤の色彩)”だと説明されています。アンが”いちご水”と間違えてダイアナに”葡萄酒”と間違えて飲ませてしまったことも頷けますね。
それにしても、見た目で間違ってしまったアンは仕方ないとして、驚くべくはこの”葡萄酒”をそれと気づかずに大きなコップで3杯も飲みほしてしまったダイアナですよね。
いかにアボンリーで評判のマリラのワインだといっても11歳の少女が”葡萄酒”を”こんなに美味しいものは飲んだことがない”やら、”リンド夫人のラズベリーコーディアルより美味しい”やらと言って夢中になるなんて。小学校も卒業していない11歳の少女が甘いジュースと比べてワインの方が美味しいと感じるなんて(しかもリンド夫人もとんでもない家事の達人なので彼女のラズベリーコーディアルもまた非常に美味しいはず)信じられますか?
もしかすると、ワインと書きつつもラズベリーコーディアルと間違うほどに甘いお酒(果実酒のような)であっったのではなかろうかとも考えたのですが…。聞くところによるとモンゴメリ自身、スグリのワインの手書きレシピを持っていて、さらに彼女の祖母もスグリ酒作りの名手だったのだと。そして、祖母のスグリ酒の美味しさを彼女が褒める際に、比較対象としてボルドーのワインを引き合いに出していたのだそう。そうなると、もはやこのCurrant wineはスグリで作った自家発酵のワインであると考える方が自然ですよね。
敬虔なクリスチャンの家系(アボンリーはプロテスタント系の敬虔なクリスチャンが多い)で育っているダイアナですから、おそらく礼拝の際などに赤ワインを飲んだこともあったであろうに…。なんとも末が頼もしいことです。
赤毛のアンの「いちご水」ラズベリーコーディアルの作り方
*今回の作り方は、濾す際に水で薄めないものになります。
**ラズベリーコーディアル作りでは、どうしても果肉や種が残ってしまいます。それらを使った再利用レシピはこのレシピの後にあります。
赤毛のアンの「いちご水」”ラズベリーコーディアル”
Ingredients
- 1 kg ラズベリー 冷凍 or 生
- 400 g グラニュー糖
- 2 大さじ レモン汁
Instructions
- 大きな鍋にラズベリーを全て入れる。この際、多少ラズベリーの量が多く感じても、調理中に体積は半分ほどに減るので問題はない。
- 火にかけた上で、砂糖を加え、その砂糖を濡らすようにレモン汁をまぶす。ラズベリーが鍋の容量に比べて多い場合は砂糖は2度~3度に分けて加える。初めに加えた砂糖が溶け、ラズベリーから水分が出てきてから、残りの2度目、3度目の砂糖を加えると良い。*この時レモン汁は誘い水のような役割も担う。
- 砂糖が溶けきって水分が十分に出てくるまでは底が焦げ付きやすいので、木べらなどで底から掬い上げるようにかき混ぜながら煮込んでいく。かき混ぜることで、果汁が砂糖に染み渡り、溶けやすくもなる。
- 砂糖が完全に溶けて、果汁もひたひたになったら、果実を軽く潰しながら5分ほど煮る。*ビタミンは熱に弱いので、よりビタミンを保存したい場合は沸騰したらすぐに火から下ろすと良い。スウェーデンのサフト(Saft)などはなるべく火にかけないようにして調理される。
- 火から下ろしたら、網目の細かい濾し器に果実ごとうつす。この際、もちろん受け皿となるボウルなどを用意する。*一般的には、この際に水を加えて濾しやすくするが、本レシピでは保存などの観点から水は加えずにおく。
- 2~3回軽く混ぜたら、そのまま放置し、自然とシロップがボウルに落ちるのを待つ。この際、木べらなどで無理に濾してしまうとシロップに果実が混ざり、仕上がりが濁る原因になる。
- 10~20分ほど放置して、それ以上 滴下することがなくなれば抽出は終了。
- 一方、濾し器に残った果実と種は他の器に取り分けておく。この果実と種も後のレシピで使えるので、多少シロップが残っていても問題はない。
- 抽出したシロップは消毒したボトルに入れる。冷蔵庫に入れれば1ヶ月以上保存が効く。飲む際は、冷水あるいは炭酸水などで好みの濃さに割って召し上がれ!*常温でも保存可能だと思うが、試したことがないので その辺りは自己責任でお願いします。正直な話、美味しすぎて、いつもひと月も経たない間に飲み干してしまう。
果実と種の再利用レシピ
その1 : ラズベリー・セーキ
ラズベリー・セーキ
Equipment
- ミキサー
Ingredients
- 2 大さじ ラズベリーの種と果肉 コーディアルを作った際に出た残りもの
- 3 大さじ ヨーグルト
- 150 ml 牛乳
- 好みで 氷
Instructions
- ミキサーにラズベリーの果実と種、牛乳、ヨーグルトを入れる。好みで氷を一緒に入れても良い。
- スムーズになるまでミキサーをまわす。この際、しっかりとミキサーにかけないとラズベリーの種が残ってしまうので注意。種が気になる場合は、初めにラズベリーの果実と種のみをミキサーにかけても良い。
- 出来上がったラズベリーセーキをグラスに移せば完成。
その2 : ラズベリー・アイスクリーム
ラズベリー・アイスクリーム
Ingredients
メインの材料
- 150 g ラズベリーの種と果実 コーディアルを作った残り物
- 150 ml クリーム
アングレーズソース
- 2 個 卵黄 M or Lサイズ
- 170 ml 牛乳
- 50 g グラニュー糖
Instructions
- ラズベリーの果肉と種はミキサーにかけてある程度細かくしておく。その後、冷凍用の容器の底に流し込んでおく。*ラズベリーの種は非常に多いので、そのまま使うと口に残ることも。この段階でこのみの加減に刻んでおくと良い。
- 続いて、アングレーズソース作り。卵黄とグラニュー糖をボウルに入れ、泡立て器で攪拌する。空気を含ませるようにしながら、卵黄が白っぽくなるまでかき混ぜる。
- 鍋に牛乳を入れて温め、沸騰直前になれば火から下ろす。
- 2の卵黄に、温めた牛乳を3回ほどに分けてしっかりと混ぜながら注ぐ。
- 全ての牛乳を注ぎ、ムラなく混ざれば濾し器を使って鍋に注ぎ入れる。
- 鍋を弱火にかけ、ダマができないようにヘラなどで絶え間なく混ぜながらとろみがつくまで煮る。
- 十分にとろみがついたら、火から下ろして再び濾し器を通して別の容れ物にうつす。その後、氷水などで速やかに冷やしていく。これでアングレーズソースは完成。
- 一方、大きめのボウルに生クリームを入れ、ハンドミキサーを使って8~9分立てのホイップを作る。*ボウルが小さいと撹拌時にクリームが飛び散るので注意。
- ホイップクリームにアングレーズソースを混ぜ、切るようにしてしっかりと混ぜ合わせる。
- 先ほど、ラズベリーの果実と種を流し入れた上に、9のクリームを流し入れる。そのまま、混ぜずに冷凍庫に入れる。*この時点では絶対に混ぜないように!仕上がりがあまり綺麗でなくなってしまう。
- 数時間冷凍庫で冷やし、クリーム部分がある程度固まれば一度かき混ぜる。この時は、まだ上のクリームの層だけを混ぜ、空気を含ませる。その後再び冷凍庫へ。
- さらに1,2時間冷やし、クリームの層が再び固まれば、ラズベリーの層と混ぜ合わせる。その後、最後まで固まるまで冷やせば出来上がり。